03






「なんで私がここにいなきゃいけないの!?」
一瞬冷えた頭をどうにか働かせて叫ぶ。それに煩そうに男が言った。
「仕方がない。帰りたいのならここにいるのが一番安全だ」
「はあ?」
「一人で歩きまわってさっきのようなのに遭ったらどうする。少年、私がいなければ確実に喰われていたぞ」
「そうでっせ。旦那がいなかったらお嬢さんは今頃あいつの腹の中でさあ」
 突如聞こえた声に首を巡らせば、ちょうど同じ目線のあたりに髑髏がぽっかりと浮いている。思わず出かかった叫びをどうにか堪えると髑髏が嬉しそうに笑ったような気がした。
「こいつぁ嬉しい。この姿になってからこっち、姿を見せりゃあ叫ばれ逃げられ悲しいのなんのって。お嬢さん、あんた、いい人だねえ」
 捲し立てるように言われ困惑する。こういうのを機関銃のように喋るというのだろうか。あの男のゆったりとした喋り方とは真逆である。
 いつまでも話し続ける髑髏を遮るように、男が口を開いた。
「ちょうどいい。おい、少年の相手をしていろ。少年が帰るまででいい」
「……帰るってぇと、また手違いですかい? 上も何やってるんですかねえ」
「手違いではない。少年は生者だ」
「そいつぁ、喰われちまったら大事だ」
「ああ。……そうだ、余計なことを言うな。言ったら歯を抜いてやる」
「分ぁってやすよ。あっしに任せてくんなせえ」
「ふん。法螺を吹いたら顎をはずしてやる」
「法螺を吹こうにも旦那があっし自慢の二枚舌を腐らしちまったおかげで何も言えませんや。今のあっしはただの話好きの髑髏でさ。この上歯を抜かれて顎まで外れちまったらただの爺の髑髏になっちまいまさあ!」
 そう言って髑髏は大きく口を開けてかかかと笑った。それにふんと鼻を鳴らし男はいきなり、靄の中に入ったように消えた。まったく、訳の分からない世界だ。
「さて、お嬢さん、旦那が言ってた少年ってぇのはお嬢さんのことでいいんですかい?」
 かちかちと一言ごとにむきだしの歯を鳴らせながら髑髏が問う。それに無言で頷いて、重要なことを思い出す。
「言っておくけど、あいつが勝手に呼んでるだけで私は女だから」
「知ってまさあ。旦那も分かってやすよ」
 分かっているならなぜわざわざ別の性別で呼ぶのか。まったく訳が分からない。
「……旦那にとっちゃあ、女はあの人だけでいいってことなんでしょうけどねえ。おっと、口が滑った。お嬢さん、この世界で知ってることは?」
 重要なことを聞いた気がした。あの男を知る上では重要なこと。そこまで考えて別に知る必要もないと思う。思春期の少女の心うつりの早さは長所でもあり短所でもある。これがどちらになるかはわからないが。
「ここが、地の底で、生前悪人だった人が集まってるってことぐらい」
「旦那も随分説明をすっぽかしやしたねえ。2回も来てるのにそれだけたぁ」
 まいった、とおどけて髑髏が言う。体があったら絶対に手を頭に当てている。そのひょうきんな様にくすくすと笑う。なかなかシュールな外見をしているが話してみるとなかなか面白い。あのまったりとしていても壁を作っている男なんかよりよっぽど付き合いやすい。
「旦那については何か知ってやすかい?」
「全然」
「ま、そうだろうたぁ思いやした。じゃ、手っ取り早く説明しちまいやしょう。ここは、旦那が言った通り、地の底、冥界で、うろついてる妖怪は全部生きてるとき悪事を犯した元人間でさ。旦那は、そいつらを治める、そうだな、いわば領主様でさあ。とはいっても税金を取るんじゃなくて、ここに落とされた奴らが今以上の悪事を犯さないように見張っているんでさあ。死んでも生きてる時の悪癖は残るようで、あっしは法螺吹きをどうにか治してる最中でさあ」
「ちょっと待って、ここにいるのは悪人だけってことならあいつも? でも領主なんでしょ?」
 話の切れ目を待っていたら少々ずれてしまったがどうにか質問を挟む。
「いやあ、旦那も悪事を犯したらしいでっせ。それで今もいるのはその2回目の方の清算中なんだとか」
 そこでふっと意識が浮く。
「ちょ……!!」
 まだ、聞いていたいのに。目覚めようとする体は私の意志を尊重することもない。何が基本的人権の尊重だ、私には話を聞く自由もないじゃないかと毒づく。
『終点、終点……』
 目が醒めたのは終着駅。目の前には車掌の顔。おそらくこの後車庫に入れるのだろう。
「大丈夫ですか?」
 義務的に問われた言葉に曖昧な返事をして座席を立つ。幸い、最寄り駅から近いところだったようだ。まだ引き留めようとする意識をどうにか現実へ引き戻す。こちらが自然であるはずなのに、どうにも違和感が拭えない。





 さっきまでの甘い腐臭が自分の体に残っていないだろうか。








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