二度目の訪問は、一回目の衝撃を忘れかけた頃だった。
いつも通りに電車に乗って家路を急ぐ。電車に乗っているんだから急ぐも何もないとは思うけれど、まあ、いいだろう。語学の発展が追い付かないくらいに私たちの日常は常に進化しているのだ。うとうとと浮遊する意識をときおり現実に引き戻す。それを何度か繰り返した頃、それはやはり唐突に訪れた。
前回と同様、甘ったるい腐臭に目が冴える。顔に何かが吹き付ける感触がして、目を開けるとそこには見たこともない異形。
「ひ!?」
蛇のような、鰻のような長い胴に翁の面のような顔が歪に付いている。かちかち、と鳴らす歯の間から屍臭が噴き出す。というか、なんで翁って単語が思い浮かんだんだろう。……ああ、今日は美術史の授業があった。あれだ。何処か冷静で間の抜けた思考とは裏腹に躰は震えている。ああ、これが俗にいう妖怪というやつか、とぼんやり思った。
「こら、それはお前が好きなものではない」
ゆったりと話す聞き覚えのある声に首を回す。どこにいるのか。
「お前が好きなのは肉付きの良い女だろう。それは肉付きも良くないし女でもない」
だから、喰らうな。そう、その声は言った。言い終えると同時に、その姿が見えるようになる。この前と同じ、墨染めの着物に長い髪。骸骨のように細い躰と幽鬼のような肌を持つ正体不明の男。その怪しさだけなら世界中何処を探しても勝てる者はいないというこの男の存在が、今はたまらなく心強かった。
「……おや」
そこで、やっと己の存在に気が付いたらしい男が声を上げる。
「そんなところにいたのか」
「……悪い?」
憎まれ口が間髪いれず口を吐くのは仕方のないことだ。私は思春期真っ盛りの女子高生なのだから。
「道理で、奇妙な感覚がしたものだ。あれが珍しく食い物を見つけるとはな」
「はい?」
「お前の目の前にいた翁の面だよ。あれはなんでも食べようとするから困る」
まるで幼児が口に物を入れてしまうのは当然、というような言い種で男は言った。淡々とした調子とは裏腹のおぞましい内容に背筋が冷える。
それを呼んだかのように男が飄々と言った。
「まあ、安心しろ。お前が食われると面倒だからそんなことはさせないさ」
「……そう」
それだけ言って詰めていた息を吐く。
「そう言えば、少年」
「…………私は女って」
「そうか。でも呼び名は少年だ」
「なんで!?」
「私が決めた」
そんなことはどうでもいい、とばかり睨みつけて男は視線を合わせた。
……白濁した眼。
「少年は、どうやってここへ来た」
「は?」
「死んでいないのに、どうして此処へ入れる。どこぞの神社の見習いか何かか?」
「はあ? 私は知らない間にここにきてて……どうやって此処に来たのか私も知りたいぐらいだって」
その言葉に男が目を見開いた。視線を外し最悪だ、とのたまう。
「また、境界が揺らいでいるのか。上は何をやっているんだ……」
「……? なんか問題でもあんの?」
その問いに男がじろりと横目で睨む。
「問題しかない」
「ふーん」
そんなことを言われたって、自分にはどうすることもできないのだ。せいぜい頭を抱えればいい。
「お前、前の時は勝手に帰ったな」
「え? ああ、うん」
「ならば今回もあちらで何もなければ帰れる」
「そ」
だから? と問う。
「帰れるまでは、此処にいろ」
最悪だ。それしか出てこない。
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